電脳遊戯 第2話


目の前で固く閉ざされた扉はルルーシュの拒絶のようで、スザクは僅かな不安を抱きながら自室に戻った。
ナイトオブゼロの騎士服を脱ぎシャワーを浴びていると、しっかりとロックを掛けているこの部屋の扉が開く音が聞こえ、シャワーを止めずにそっと扉を開け、訪問者を伺うと、その人物は室内へずかずかと上がり込んだ。

「なんだ、まだ風呂か」

呆れたようなその声はよく知る人物のもので、なんで勝手に入ってきているんだと苛立ちながらも警戒を解くと、手早くシャワーを終え、バスタオルを腰に巻き室内へ戻った。
部屋で勝手に寛いでいたのは、予想通りの人物で。
新緑の髪のルルーシュの共犯者、C.C.だった。

「ノックもせず勝手に入るなんて失礼じゃないか」

バスローブを羽織り、タオルで髪を拭きながら、僕はそう文句を言った。
大体、この部屋のロックをどうやって開けたんだ。
カードキーだけではなく、部屋のパスワードも知っているということか。

「お前はノックをしても返事を聞かず開けるだろう?似たような物だ」

五十歩百歩。
ドングリの背比べ。
どちらも相手に失礼だ。
ごろりとソファーに横になり、今持ってきたのだろう山積みになったピザの箱を一つ開け、中から1ピースつまみ上げると、部屋の主の了承も無しに食べ始めた。
濃厚なチーズの香りが室内に充満する。
その香りに、碌に食事をしていなかった体が思い出したかのように空腹を訴えてきた。

「それで、何の用?」
「セシルから、お前がまともに食事をしていないと聞いてな。こうして持って来てやったんだ」

有難いと思え。
C.C.は恩を着せるかのように言った。

「君がわざわざ?」

ルルーシュの事以外で動く気配など無いこの女性が、スザクのために動いたなど信じられるものでは無かった。

「何か問題でもあるのか?」
「男の部屋に一人で来るってどういう意味か解ってるのかな?」

それでなくても心がささくれ立ち、苛立ちと不安を抱えていたスザクは、ソファーに横になっているC.C.に覆いかぶさるように手をついた。吐息がかかるほど至近距離まで顔を寄せっても、C.C.は逃げる事も、抗う事もせず凪いだ黄金の瞳でスザクを見つめた。

「ほう?私を襲う気か?」

C.C.は馬鹿にする様に笑いながら目を細めた。
お前には無理だ。
そう言っているようにも聞こえ、更に苛立ちを募らせた。

「男の部屋に来るって事は同意したような物だろ?」

唇が触れそうなほど至近距離に顔を寄せても、C.C.の瞳に感情の揺らめきは起きなかった。それが余計に腹立たしく、スザクの眉間の皺はますます深くなった。
本気で襲ってしまおうか。
そう考えた時、C.C.は愚かな男だと嘲笑った。

「随分手慣れた事を言うな。お前は確かに見た目はいい。が、相手をするなどお断りだ。欲求不満なら他を当たれ」

お前が相手なら喜ぶ女は掃いて捨てるほどいるだろう?
そう言いながら、スザクが覆いかぶさってる事など気にもならないという様に手に持っていたピザを口元によせ、齧りついた。
スザクはピザに気付き、思わずC.C.から顔を離すと、クツクツと魔女は笑った。

「君は見た目はともかく、性格は最悪だ。僕もお断りだよ」

数百年生きている魔女。
この程度何でもないということか。
スザクは益々苛立ちを募らせ、身を起こすとピザの箱を1つ手に取った。
それは彼女が好きだというピザ○ットのピザ。

「それにしても、随分早く配達されたんだな」

むしろ皇宮に配達してくれるんだ。
セシルと会ってからまだ20分と経っていないから、もしかしたら近所にあるのかもしれない。それで、皇宮からの注文だと最速で調理し届けてきたのだろうか。
スザクは彼女の向かいのソファに腰を下ろすと、箱を開けた。
そして1ピース手にとって、そこでようやく気付く。

「・・・冷めてる」

チーズがすでに硬くなっていて、生地も冷たい。

「仕方ないだろ。今が14時だから、届いて既に3時間たっている。流石に冷めるさ」

でも、この部屋にレンジは無いからこのまま食べるしかないだろう。
よく見ると彼女が口にしているピザもチーズと生地が硬くなっていた。

「お昼に頼んだのか。なんで今まで食べてなかったんだ?」

冷めきって味の落ちたピザを齧りながら尋ねる。

「昼食にと、私が頼んでやったのに、みんな食欲がないと手を出さないんだ」

何事もないようにC.C.は言うとピザを口にし、持って来ていた炭酸飲料で流し込んだ。

「食欲が?」

ピザを齧りながら、冷蔵庫から飲み物を出したスザクはそこでハッとなった。
ルルーシュが病で倒れた。
そのため、皆心配で食事も喉を通らないのでは?
そこまでひどい状態なのか?
スザクは口に入れたピザを飲み物でどうにか飲み込むと、C.C.に尋ねた。

「で、ルルーシュはどうした?」

平静を装いそう尋ねる。

「どうしたとは?あいつはいつもと変わらないぞ?口やかましく騒ぐから、一時ここに避難しに来ただけだ」

腹も減ったしな。
その言葉に、ああ、やっぱり病気は嘘だったんだと息をついた。
また、騙された。
ルルーシュを心配なんてする必要など無いのに、また。
安堵したような、傷ついたような、怒っているような。複雑な表情を浮かべているスザクを見ながら、C.C.は体を起こした。
表情を変えずにピザを次々口にし、1枚ぺろりと平らげると、もう用は済んだと言わんばかりに立ちあがった。

「ゴミは捨てておけ。残りのピザはくれてやる」

飲みきったペットボトルもそこに置いたまま、C.C.は部屋を後にした。
後に残されたスザクは、冷たいピザに齧りつきながら、ため息をついた。
手の付いていない箱はあと3つ。
これを全部?
お腹すいてるから食べれるけど、全部ピザか。
白いご飯が食べたいなと思いながら、新しい箱を開けた。



C.C.はカツカツと靴音を鳴らしながら、足早にその部屋から離れ、先ほどまでいたルルーシュの寝室を目指していた。

「・・・全く、何で私がこんな面倒な事を。枢木など私にはどうでもいいんだぞ」

あの男は本当に馬鹿だ。
セシルとの会話を聞き、あんな言い方ではスザクは不安になってゆっくり休めないかもしれないと、ルルーシュはC.C.をスザクの部屋に向かわせたのだ。
今は動けない自分の代わりに。

「馬鹿だよ、お前は。大馬鹿だ」

自分を殺す男の心配より、今は自分の身を心配する方が先だろうに。
ゼロレクイエムよりも、枢木スザクよりも。
人間ならわが身大事なはずだろう。
・・・ああ、それならばそもそもゼロレイクイエムなど考えたり実行したりはしないか。
馬鹿だ。
何て馬鹿な男だ。
愚かな共犯者を心の中で罵りながら、C.C.は歩く足を速めた。

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